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【書評】『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』 ―― 「人を資本として見る」とは、結局こういうことだったのか

今回ご紹介するのは、日経BPから出ている『SHIFT解剖 究極の人的資本経営』(著・飯山辰之介)。人と組織の本は仕事柄よく読みますが、その中でも「これは紹介する価値がある」と判断した一冊です。

「人的資本経営」という言葉は、ここ数年ですっかり耳になじみました。けれど「で、具体的に何をすればいいの?」と聞かれると、急に輪郭がぼやける。僕自身、AIと人の組み合わせで会社をどう伸ばすかを毎日考えている身として、この「分かったようで分からない言葉」の正体が、ずっと気になっていました。

本書がいいのは、抽象論ではないところです。SHIFTという実在する一社に、人的資本専門の記者が半年間どっぷり密着して書き上げた「現場の記録」。理屈ではなく、生の事例で人的資本経営を見せてくれます。

結論から言うと、読んでよかったです。最後まで読むと、「人を資本として見る」という言葉が、自分の会社や自分のチームの話として、自分ごとになります。その手応えを、なるべくそのままお伝えできればと思います。

目次[非表示]

  1. 1.この本はどんな本か ―― 半年間の密着が描いた「一社まるごとの人材戦略」
  2. 2.すべては「ブラックボックスを開ける」から始まった ―― 勘と経験を、誰でも使える手順に翻訳する
  3. 3.給料は「コスト」ではなく「先行投資」 ―― 部下の年収に、トップが本気で向き合う
  4. 4.「数えられないもの」まで数える ―― ヒトログとLTVという二つの物差し
  5. 5.おせっかいという名の合理性 ―― 数字で測れない「縁の下」も見る
  6. 6.営業も「仕組み」で勝つ ―― 優秀な一人に頼らない
  7. 7.特に役立った3つのポイント
  8. 8.専門語を、生活の言葉に置きかえてみる
  9. 9.読む前に知っておきたい、ひとつだけ ―― 「仕組み」より先に「なぜ」がある
  10. 10.僕ならこの本をこう使う ―― 明日からの一手とAI活用
  11. 11.まとめ ―― 学びは、取り入れて初めて自分のものになる

この本はどんな本か ―― 半年間の密着が描いた「一社まるごとの人材戦略」

まず、本の素性を整理しておきます。著者の飯山辰之介さんは、日経ビジネスで「人的資本専門記者」という肩書を背負って取材を続けてきた書き手です。本書は、2025年4月の特集記事を土台に、誌面では描き切れなかった細部を大幅に加筆して一冊にまとめたもの。発行は日経BPです。

取材対象のSHIFTは、ソフトウエアの「テスト」、つまり完成したシステムやアプリにバグ(不具合)がないかを検証する仕事を主軸に成長してきた会社です。テストというと地味に聞こえるかもしれません。実際、IT業界では長らく「下流の仕事」と見なされてきた領域でした。ところがSHIFTは、その地味な領域から、売上高1298億円、従業員約1万4000人(派遣などを含む)という規模まで駆け上がってきた。本社は、東京タワーを間近に望む麻布台ヒルズにあります。

この本のいいところは、最初の一歩が「違和感」から始まっている正直さです。著者は冒頭で、SHIFTの人事責任者から人材戦略の説明を受けて、思わず『御社のやっていることは、どう考えても異様ですよ』と口走ってしまった、と書いています(はじめに)。社員一人につき450項目を超えるデータを集める。役員が年に1200時間も評価に費やす。普通の会社の常識からすれば、たしかに「やり過ぎ」に見える。

けれど取材を進めるうちに、著者の中で価値観が反転していきます。『異様に見える取り組みも、その裏には極めてまっとうなロジックや狙いがある』(はじめに)。つまり、SHIFTが異様なのではなく、これまで「当たり前」とされてきた人事のほうが、実は理屈の通っていない箱だったのではないか ―― この視点の転換が、本書を貫く背骨になっています。

誰に向いた本か、という問いには、こう答えたい。部下の評価や育成に悩む管理職、人手不足に頭を抱える経営者・事業責任者、そして「自分はちゃんと評価されているのだろうか」と一度でも思ったことのある、すべての働く人。専門書のような堅さはなく、密着ルポの語り口で読ませてくれます。

すべては「ブラックボックスを開ける」から始まった ―― 勘と経験を、誰でも使える手順に翻訳する

この会社を理解する鍵は、「ブラックボックス」という言葉です。ブラックボックスとは、中で何が起きているのか外からは見えない、勘と経験頼みの箱のこと。SHIFTは、創業以来ずっと、この見えない箱をこじ開け続けてきた会社です。

物語は、創業者である丹下大社長の前職時代までさかのぼります。彼はかつて、金型製造の現場で「プロセス・テクノロジー」という手法を確立しました(第1章)。金型づくりは、長らく熟練職人の「技」、すなわち言葉にできない勘の世界でした。それを丹下社長は、同じような部品をずらりと並べ、腕利きの職人に根掘り葉掘り聞き、作業工程を一つひとつ分解していった。料理にたとえるなら、秘伝のタレを味見だけで終わらせず、しょうゆ何cc、砂糖何グラムと分量に書き起こしてしまうようなものです。

すると面白いことが分かります。職人技に見えた工程の8割は、分解すれば誰にでもできるか、機械に任せられる。本当に職人の判断が必要なのは、残りの2割だけだった ―― この「分解・可視化・標準化」という発想こそ、SHIFTのDNAそのものです。要するに「バラして、見えるようにして、誰でも再現できる手順にする」こと。これを丹下社長は、金型からソフトウエアのテスト業務へ、そして最後には「人材」へと応用していきました。

人材への応用が、独自の「CAT検定」です(第1章)。SHIFTは、入社希望者の学歴や職歴をほとんど見ません。代わりに、テスト業務に向いた「素養」があるかどうかだけを、この検定で見極める。能力開発部の方が、これをバスケ漫画『SLAM DUNK』の桜木花道で説明していて、なるほどと思いました。スキル抜群のスター選手・流川のような人材は、めったにいないし、どの会社も奪い合う。でもSHIFTが探すのは、本人すら気づいていない素養を秘めた「桜木花道」のほうだ、と。

この発想転換が、結果として多様性を生みました。元パティシエ、スーパーの元店長、自動車教習所の元教員、宮大工 ―― 経歴も年齢もバラバラな人たちが、CAT検定という一点突破でSHIFTに集まり、「テストのプロ」として活躍していく。学歴や見た目で人を判断する企業が見落としてきた人材を、SHIFTは独自の物差しで拾い上げてきた。これが、人手不足の時代にこの会社が人材に困らない理由でした。

この章でいちばん考えさせられたのは、丹下社長の『1%の天才よりも、99%の普通の人たちに関心がある』(はじめに)という言葉です。天才を集めたいならコンサル会社でも作ればいい。そうではなく、その他大勢の能力をどう引き出すかが勝負だ、と。この姿勢が、本書の最後まで一本の線で通っています。

給料は「コスト」ではなく「先行投資」 ―― 部下の年収に、トップが本気で向き合う

第2章は、僕がいちばん付箋を貼った章です。テーマは、ずばり「給料」。

SHIFTでは、年に2回、役員が約1カ月ずつ会議室にこもり、社員一人ひとりの年収を「実額」で決めていきます。役員陣がこれに費やす時間は、年間で延べ1200時間。1日8時間で換算すれば150日分です。著者はその「評価会議」に潜入し、生々しいやり取りを記録しています。事業部長が部下の働きぶりをプレゼンし、丹下社長がデータを見ながら『彼は今の収入に満足していないよね? 認識にズレがあるんじゃないかな』と問う ―― その場面の緊張感が、こちらまで伝わってきます。

なぜここまでするのか。答えは、SHIFTの一貫した哲学にあります。『給料はコストではなく投資』(第2章・第6章、丹下社長)。普通の会社は、給料を「人件費」、つまり財務上のコストとして見ます。だから業績が下がると、まず賃上げに及び腰になる。でもSHIFTは逆で、給料を「成長への先行投資」と捉える。田畑に、収穫の前に水と肥料を先に与えるのと同じです。先に投資しなければ、社員にやる気が起きるわけがない、と。

だから事業部長の評価基準も独特です。ある事業部長は『部下の給料を上げられない上長は不要』(第2章)とまで言い切る。給料を上げるには原資が要る。原資のためには売上を伸ばさねばならない。つまり「部下の年収を上げる」という目標が、そのまま「事業を伸ばす」という目標とイコールで結ばれている。給料の話が、いつのまにか経営の話になっているのです。

年収を決める物差しは「市場価値」です。市場価値とは、「同じ人を外から雇い直したら、いくら払う必要があるか」という相場のこと。社内で社員同士を比べて傾斜配分する相対評価ではなく、職種ごとに市場の相場を調べ、それに照らして絶対評価する。取締役の小林元也さんが、これを「穴あけ作業」でたとえていて、わかりやすかった(第2章)。2cmごとに穴を開けるとき、「前の穴から2cm」と相対的に測っていくと、一つズレれば全部がズレていく。でも「端から2cm、4cm、6cm」と絶対値で測れば、一つズレても全体は崩れない。人の評価も同じで、相対評価は組織全体を歪ませる、というわけです。

「数字で示せない仕事はどうするのか」という疑問にも、本書はきちんと答えています。SHIFTには「数値化できません、は諦めだ」という文化がある(第2章)。総務でも法務でも、市場の相場や、作業時間の短縮といった形で、必ず何らかの数字に落とし込む。それでも、機械的な計算だけでは拾えない「事情」がある。だからこそ、最後は人が時間をかけて評価会議で議論する。丹下社長の『絶対に正しい評価なんてあり得ない。だからこそ真剣に考え、対話をしないといけない』(第6章)という言葉に、この章の温度が凝縮されています。

「数えられないもの」まで数える ―― ヒトログとLTVという二つの物差し

SHIFTには、社員一人ひとりの「カルテ」とも言うべきシステムがあります。その名も「ヒトログ」(第2章)。ここには、年収ややりがい、人間関係に関する満足度から、思考や行動の特性、社内イベントへの参加頻度、果てはカフェでの購入履歴まで、450項目を超えるデータが時系列で蓄積されています。

正直に言えば、ここまで来ると「ちょっと身構えてしまうな」と感じる方もいるはずです。著者自身も、取材のたびに社員へ「気になりませんか?」と聞いて回っています。けれど返ってきたのは、意外なほど『別に気にしていない』という反応でした。理由を、ある社員はこう要約しています。『会社が何らかの目的で情報を集めているのは分かっているし、最終的に良い形で自分に返ってくるから』(第4章)。つまり、ここにあるのは監視ではなく、信頼を土台にしたデータ活用だということです。後でも触れますが、SHIFTは「触れてほしくない領域=サンクチュアリには踏み込まない」ことも明言しています。

もう一つの物差しが「LTV」です。LTV(ライフ・タイム・バリュー)とは、本来はマーケティングの言葉で、「一人の顧客が生涯にもたらす利益の総額」を指します。SHIFTはこれを人事に応用し、「一人の社員が在籍中に生み出す利益の見込み総額」と定義し直しました(第2章)。式にすると、おおむね「エンジニアの人数 × 在籍期間 × 一人ひとりの価値創出力」。たくさんの人に、長く、生き生きと働いてもらえば、この値が高まり、業績に跳ね返ってくる、という考え方です。

このLTVが、社内のあらゆる施策を測る共通言語になっています。麻布台ヒルズへのオフィス移転も、年2000人を超える大量採用も、「これはLTVをいくら押し上げるか」で判断される。人事責任者の菅原要介さんの『その施策はLTVにどう貢献するのか』(第2章)という問いが、社内の合言葉になっているのです。研修やイベントといった、効果が見えにくいものまで、ロジックと数字で語ろうとする。この徹底ぶりは、好みは分かれるかもしれませんが、「人事を勘で語らない」という意志として、僕には清々しく映りました。

おせっかいという名の合理性 ―― 数字で測れない「縁の下」も見る

ここまで読むと、「SHIFTは数字だけで人を測るドライな会社なのか」と思うかもしれません。でも、それはかなり違います。第4章を読むと、印象が反転します。

象徴的なのが「縁の下の力持ち賞」という社内表彰です(第4章)。自分の成果には直接つながらなくても、仲間のために黙って動いた人 ―― イベントで備品が足りなくなったとき、ダッシュで買いに走った総務の社員のような人 ―― に、社員投票でスポットライトを当てる。数字には表れないけれど、組織にとって大切な貢献を、ちゃんと拾い上げる仕組みです。著者は「その場にいると、ちょっとぐっとくる」と書いていて、僕も同じ気持ちになりました。

SHIFTは「おせっかい企業」を自任しています。一般的に企業は社員の私的な悩みには立ち入らない「民事不介入」が暗黙のルールですが、丹下社長は『うちは民事介入しまくり』(第4章)と笑います。ここにも、ちゃんとロジックがあります。ある部署を分析したところ、何らかの悩みやトラブルで全力を出せていない社員が2割超いて、それを解消できれば社員の年収が平均6万円ほど上がり、部門の売上も改善する可能性が見えた、というのです(第4章)。「おせっかいを焼く合理性」は、数字でも裏打ちされている。

その悩みを受け止める仕組みが、対話型AIの「めん太」(mentai)です(第4章)。明太子を擬人化した、博多弁を話すキャラクターが、社員のワン・オン・ワン相手を務める。心理学やメンタリングの専門知識が組み込まれていて、「AIだからこそ話せる悩み」を受け止めてくれる。実際、辞めるかもしれなかった社員が、この取り組みで思いとどまった例も出ているそうです。AIを「人を減らす道具」ではなく「人の心に寄り添う道具」として使っている点は、AIを生業にしている僕としても、よく腑に落ちました。

そして大事なのは、SHIFTがこれを「全員に強制しない」ことです。イベントもトップガン(後述)も、参加は任意。ヒトログのアンケートも自由記入で、答えたくない人には強制しない。丹下社長は『ヒトログはサンクチュアリ(聖域)を語ってはいない』(第6章)とはっきり線を引いています。データで人を縛るのではなく、データで人を伸ばす ―― この一線が守られているからこそ、社員も情報を差し出すのでしょう。「ドライな部分とウエットな部分の双方を常に意識している」(第1章)という丹下社長の言葉どおり、この会社は冷たい合理と温かい配慮を、絶妙な塩梅で両立させています。

営業も「仕組み」で勝つ ―― 優秀な一人に頼らない

ブラックボックスを開ける、というSHIFTのDNAは、営業の章(第5章)にもくっきり現れます。ここは前半とは別の章ですが、本書の背骨を理解するうえで外せない場面なので、少しだけ触れておきます。

エンタープライズ領域(金融や流通などの大手企業向け)の営業を切り開いてきた立役者が、佐藤章太朗さんです。富士通やセールスフォースを経てSHIFTに入り、まだ無名だった会社を、大手の懐に食い込ませた功労者の一人。展示会でキーパーソンの名刺を集め、誰もが遠慮するテレアポを臆さずかけ、業界の課題と丹下社長の理念を正面から語る ―― その独特のスタイルが、顧客の心をつかみました。

ところがある日、丹下社長は佐藤さんにこう告げます。『優秀、だからこそ外す』(第5章、2018年ごろ)。エースを配置転換するというのです。理由は明快で、「営業が佐藤依存になっている。このままじゃ伸びない」から。成果を出してきた人ほど外せない、と考えるのが普通の感覚です。でもSHIFTは逆だった。一人のスター営業に頼る状態を、組織にとっての「ブラックボックス」と見たわけです。

この判断こそ、第1章の金型の話と地続きです。属人的な「使徒」の技を、分解し、見えるようにし、誰でも再現できる仕組みに置き換える。営業という、もっとも個人の力量に左右されそうな領域にまで、SHIFTは同じ思想を貫いている。これを読むと、人材・評価・採用・営業という別々に見えた話が、すべて一本のロジックでつながっていることがわかります。

特に役立った3つのポイント

たくさんの付箋の中から、特に「これは自分も使いたい」と思った3点に絞ってご紹介します。

  • その1:「素養」を見抜き、伸ばす目

SHIFTの強みは、完成された人材を奪い合うのではなく、まだ光っていない原石を見つけ、磨く点にあります。CAT検定で素養を測り、入社後は「トップガン」という昇級検定で能力を伸ばす。できあがった料理を買ってくるのではなく、いい食材を見抜いて自分の厨房で育てる料理人のようなものです。人手不足に悩むなら、まず「うちは原石を見落としていないか」と問い直す ―― この視点だけで、採用の風景が変わります。

  • その2:学びと年収を、一本の線でつなぐ

「トップガン」は、受かれば一段上の単価の仕事に挑戦できる社内検定です(第2章)。ポイントは、検定の合格が「キャリアアップ」と「年収増」に、目に見える形で直結していること。日経ビジネスの調査では、回答者の7割が「リスキリング(学び直し)しても会社からのインセンティブはない」と答えているそうです。学んでも報われるか分からなければ、誰もやる気になりません。SHIFTは「どの山に、どう登れば、いくら年収が上がるか」のルートを示してくれる。学びを宙ぶらりんにしない、この設計思想は、どんな会社でも応用できるはずです。

  • その3:すべてのエンジンは、創業者の「理念」

最終章の丹下社長インタビューは、本書のクライマックスです。彼の言葉を借りれば、人の能力を引き出すとは『タマネギの皮を剥ぐように、余計なものを取り払ってしまえばいい』(第6章)。学歴も職歴も見た目も、本当の能力を覆い隠す「皮」にすぎない。それを剥いだ先に残る、その人だけの価値を見たい ―― この純粋な好奇心が、450項目のデータも、1200時間の評価会議も、すべての仕組みの源になっている。仕組みの裏に必ず「なぜ」があること。これが、僕がこの本から受け取った最大の学びでした。

専門語を、生活の言葉に置きかえてみる

本書には、人的資本経営ならではの言葉がいくつも出てきます。読むときの助けになるよう、僕なりに「生活の言葉」へ翻訳した対応表を置いておきます。難しい言葉は、知っている言葉で割り算すると、腹落ちが早くなります。

本に出てくる専門語

やさしい言い換え

人的資本経営

人を「使うコスト」ではなく「育てれば実る資産」として扱う経営

ブラックボックス

中で何が起きているか見えない、勘と経験頼みの箱

分解・可視化・標準化

バラして、見えるようにして、誰でも再現できる手順にすること

CAT検定

学歴でなく「素養(伸びしろ)」を測る、入口の試験

市場価値

「同じ人を外から雇い直したら、いくら払うか」という相場

絶対評価

他人と比べず、「その仕事にいくらの価値があるか」で測る評価

ヒトログ

社員一人ひとりの「カルテ」(450項目の人材データ)

LTV

一人の社員が在籍中に生み出す利益の見込み総額

トップガン

受かれば一段上の仕事に挑戦できる、社内の昇級検定

エンゲージメント

会社と社員の、信頼でつながった心の距離

サンクチュアリ

本人が踏み込んでほしくない、心の聖域

こうして並べてみると、人的資本経営という大きな言葉も、要は「人を、ちゃんと見て、ちゃんと育てて、ちゃんと報いる」という、当たり前のことの積み重ねなのだと分かります。

読む前に知っておきたい、ひとつだけ ―― 「仕組み」より先に「なぜ」がある

最後に、この本を最大限に活かすための、建設的な補足を一つだけ。「自分ならこう読む」という温度で書きます。

本書を読むと、SHIFTの仕組みがあまりに鮮やかなので、つい「この制度をそのままうちにも入れたい」と思いたくなります。でも、ここは少しだけ立ち止まりたい。なぜなら著者自身が、「おわりに」で同じことを戒めているからです。当初はハウツー本にしようかとも考えたけれど、『トップの熱意や覚悟なしに仕組みだけ整えてしまうと、かえって害悪になるかもしれない』と感じてやめた、と。組織の実情に合わないお仕着せの仕組みは、かえって社員の負荷を高めてしまう、と(おわりに)。

これは、とても誠実な書き方だと思います。SHIFTの仕組みは、丹下社長という創業者の強い理念がエンジンになって、初めて回っている。だから読者が学ぶべきは、450項目のデータ収集や1200時間の評価会議という「枝葉」ではなく、「人の能力を本気で引き出したい」という根っこのほう。そこさえ自分の言葉で持てれば、仕組みは自社の身の丈に合った形で作ればいい。

もう一点。本書には、丹下社長の「2:6:2の法則」(上位2割に集中投資し、下位2割には無理を強いない)や、「AIを使いこなして付加価値を出せるのは今後1割くらいかもしれない」という見立ても出てきます(第6章)。これは現場のリアルな実感に根ざした、傾聴に値する視点です。そのうえで、僕個人は少しだけ違う景色も見ています。AIを「使いこなす側」の裾野は、学びの場づくり次第で、もっと広げられるのではないか ―― だからこそ僕は、非エンジニアの方にAIの面白さを伝える活動を続けています。これは丹下社長への反論ではなく、同じゴール(人の可能性を広げたい)を、別の角度から見たもう一つの視点として、添えておきます。

人的資本経営に唯一の正解はありません。だからこそ、この本は「答え」ではなく「上質な問い」として読むのがいちばんだと思います。

僕ならこの本をこう使う ―― 明日からの一手とAI活用

読みっぱなしで終わらないために、明日から取り入れられる具体的な一手を、3つだけ。

  1. 自分の「市場価値」を一度、調べてみる。 SHIFTの考え方の出発点は「外から雇い直したらいくらか」でした。求人相場や転職サイトを眺めて、自分やチームの仕事の相場感をつかんでみる。それだけで、評価への向き合い方が少し変わります。
  2. 一職種だけ、「分解・可視化・標準化」を試す。 いきなり全社に展開する必要はありません。自部署の業務を一つ選び、「この仕事の何が職人技で、何が手順化できるか」を書き出してみる。8割は標準化できて、本当に大事な2割が見えてくるはずです。
  3. 「縁の下の力持ち」を、声に出して褒める。 数字に出ない貢献を、月に一度でいいので言葉にして伝える。これはコストゼロで、明日からできて、効果は確実です。

そして、AIの使い方を一つ。本書で心に残った一節 ―― たとえば『給料はコストではなく投資』 ―― を、お手元のAIに投げて、「これを自分の職場で実践するなら、最初の一歩は何か」と相談してみてください。本の学びを、自分専用の実践プランに翻訳してくれます。学びは、自分の文脈に置き直して初めて動き出します。

まとめ ―― 学びは、取り入れて初めて自分のものになる

最初に書いたとおり、僕がこの本を手に取ったのは、「人的資本経営」という言葉の正体が知りたかったからでした。読み終えた今、その答えは、思っていたよりずっとシンプルでした。

人を、コストではなく資産として見る。見えない箱を開けて、一人ひとりの素養を見つけ、伸ばし、ちゃんと報いる。数えられるものは数え、数えられない「縁の下」には、おせっかいなくらい心を配る。そのすべての根っこに、「人の本当の能力が知りたい」という、創業者の純粋な好奇心がある ―― それがSHIFTの人的資本経営でした。

著者の飯山さんが半年間かけて見つめ、最初は「異様」に映ったものが、読み進めるうちに「まっとう」へと反転していく。その価値観の転換を、読者である僕たちも一緒に体験できる。それがこの本のいちばんの贈り物だと思います。人と組織に関わるすべての人に、自信を持っておすすめできる一冊です。気になった方は、一度手に取ってみてください。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

学びは、取り入れて初めて自分のものになります。

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佐藤勝彦 / TANREN株式会社

TANREN株式会社 CEO 佐藤勝彦
TANREN株式会社 CEO 佐藤勝彦
携帯販売業界で、セールス指導の講師として約20年間経験をもつ。2014年10月TANREN株式会社で起業、シード期に米国Microsoft社よりベンチャー支援プログラムBizsparkPlus認定を受け、2016年には日本e-Learning大賞 で経済産業大臣賞など受賞、営業教育専門のクラウド企業である。また卓越したプレゼンスキルは、IT系スタートアップからも定評あり複数社よりエバンジェリスト認定を受け社外広報活動を引き受けている

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